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教材出版 学林舎は学習教材の制作・販売、教育商材(理科実験工作教材・アメリカの教科書など)を取り扱っています。

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【GAKURINSHA TOPICS】
阪神・淡路大震災からの学びー20年の時をこえて
 阪神・淡路大震災から今年で20年を迎える。私たちは多くのものを失った。「あの地震がなければ・・・」と思うこともある。ただ、あの地震がなければ、得ることもできなかったことも多い。失ったものの数より、何を得たのか、何を学んだのかを考える時期にきてるのではないだろうか。私、個人で言えばマイナスからの会社経営がいかに難しいかということをこの20年で学んだ。売上を維持、伸ばしつづけなければあとがない。綱渡りの経営は、心も体も消耗させる。両親も亡くなり、私は、この渦の中に巻き込まれ消耗していった。この20年間、様々な選択の機会はあった。全てをゼロにすることも可能であったが、その選択をしなかった。選択しなかった最大の理由は「この苦境に負けたくない」「超えていきたい」という想いがあった。両親は苦境を超えていく前に志半ばで散っていったが、様々な人たちに私は助けられ、学林舎が提案する教材を使いつづけてくれる皆さまに支えられ、学林舎は震災で受けた苦境をようやく超え、次の段階に向けて歩みだした。
 全てを放棄して、ゼロからスタートすることも私自身、可能であったが、それをせずに“超える”ことを選んだのは様々な“想い”が学林舎に詰まっている。学林舎を選んでくれる皆さまがいる限り、走りつづけなければいけないと実感したからである。また、私自身、今の学習教育に対して“進化=深化”してほしいいという想いがあるからにほかならない。
 まだ20年、もう20年。人それぞれ、想いや感覚はちがう。ただ、残された私たちは生きている限り、進まなければならない。前へ、前へ。(北岡)



 「負けへんで」は、20年前の夏に子どもたちの震災体験の文章を集めた発言集です。発言集の中からいくつか紹介します。










震災の記憶−1995年発行「負けへんで」より

□何かが体に重くのしかかった 西宮市在住 中学3年生
 激しい揺れで目が覚めた。何が何だかわからなかったけど、確かに揺れと何かが体に重くのしかかるのだけは体で感じていた。
 ようやく揺れがおさまってから、私はたんすの下から這い出た。
 出た途端、頭の中は真っ白になり、体は怖くて震えがしばらく止まらなかった。
 おさまって辺りを見わたすと、家の中は無茶苦茶になっていた。
 外に出るにも、玄関まで進めない。
 やっとの思いで外に出ると、唖然・・・。
 一言も声が出なかった。
 陽が昇ってから、姉と二人で、歩きまわった。新幹線の線路はあちらこちらでくずれていて、ほとんどの家は倒壊していて、びっくりした。
 私の学校では五人、学年では二人の死者が出た。
 一人は圧死、一人は土砂で生き埋めになった。私は話を聞いただけでは気がすまなかったので土砂崩れの所へ行った。本当に家が見当たらなかった。
 それを見た時、私は心の底から地震を憎みました。
 なぜ、私たちがこんな地震を体験しなくてはならなかったんだろうと思った。
 体験していない人たちは日が経つにつれて忘れていっている人が多いと思うけど、この地震のことだけは、ぜったいに忘れないでほしいです。
 各地方から救援物資をもらった時、とてもうれしかった。
こんなに心配してくれてるんだから、頑張らなくてはならない気持ちになります。
 私はこの震災のことを一生忘れることはできません。


□この町でがんばろう 宝塚市在住 中学2年生
 私がぐっすり寝ていたらいきなり大きな音がして家が揺れました。私はドロボーがはいってきたかと思いました。びっくりして思わず床にしがみつきました。ガラスとかが全部揺れていました。本当にこんなことがあるのかとその時はじめて実感しました。いつもテレビとかで見てても、そんなにすごくびっくりしたりもしませんでした。そして、日が上るにつれて地震のすごさがわかってきました。ガラスや食器が全部われて、びっくりしました。
 近所の人たちが「大丈夫ですか」って来てくれました。私の家は、電気は朝の七時ごろにきてテレビをつけてみると大震災の神戸がうつっていました。高速道路がたおれて、火が神戸の町をおおっていました。以前の神戸とは全然対照的でした。何日たっても火が消えず、みんなは余震の怖さで震え、夜も安心できずに寝れなくて、疲れがたまり、私も水くみとかしていました。でも、自分の生まれた町だから私は宝塚の町が好きだし、この町でがんばろうと思いました。
 全然知らない人たちがお互いに助けあって、みんなが協力しあっていました。
 私たちの地域はそんなに神戸のようにひどくはなかったけど、家族が死んでしまった人もいるし、もうすぐ卒業や入学する人たちだっていました。みんなが助け合って、他の地域から救援物資が届いて、みんな役にたったと思います。これからもまたこんなことがあってもみんなで協力しあえると思います。


□水がでる、入浴できる 芦屋市在住 中学3年生
 地震はスキー合宿へ出発する予定の朝だった。僕はまだ寝ていた。遠くから通う友人は電車に乗っていたという。そんなにゆれたと思わなかった。ねこが目をまん丸にして固まっていて一週間ほどものを食べなかった。
 外に出てみるとひどかった。ガスと水道がふき上げていて数日くさくて気分が悪くなった。パソコンの無事をたしかめにいって親にあきれられた。水がでる、家で入浴できる、そんなことがこんなに大事なこととは思っていなかった。歩いて様子を見に来てくれた知り合いの人はすごいな!余震よ来るなよ!!



写真・文/神戸市東灘区在住 中学3年生


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