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○国語を考えてみる ああ、素晴らしき哉、日本語㉓ 文/学林舎国語顧問  森本 秀俊

 唐代の于武陵(うぶりょう)という詩人に「勧酒」という作品があります。

 勧君金屈巵  君に勧(すす)む 金屈巵(きんつくし)
 満酌不須辞  満酌(まんしゃく) 辞(じ)するを須(もち)いず
 花発多風雨  花発(はなひら)けば 風雨多し
 人生足別離  人生 別離足る

 この歌を直訳すると次のようになります。
 

 君に 金色の大きな杯(さかずき)を勧める。
 なみなみと注いだこの酒 遠慮はしないでくれ
 花が咲くと 雨が降ったり風が吹いたりするものだ
 人生に別離はつきものだよ。

 この漢詩を「山椒魚」などの作品で知られる小説家の井伏鱒二が訳したものが妙訳として有名です。

 この杯を受けておくれ
 どうぞなみなみとつがせておくれ
 花に嵐のたとえもあるぞ
 「さよなら」だけが人生だ

 なんとも味わいのある詩になっていると思いませんか。『「さよなら」だけが人生だ』という最後の一行に、心を通じ合えた人との別れに対する悲哀と、別離を受け入れる強さが感じられます。 

 日本語の素晴らしさを伝えようと、およそ2年にわたって続けてきたこのコラムも今回が最終回となってしまいました。長きにわたり、読んでいただいたことに感謝いたします。
 「別れ」などと言っては大げさであるかもしれませんが、最終回にふさわしく、「別れ」に関する名文を紹介して、コラムを終えたいと思います。

 「さよなら」と僕は言った。そして彼女をその物静かなみずたまりのような哀しみのなかにそっと置き去りにした。(「村上春樹/遠い太鼓」より)

 お友達は一人去り二人は結婚するという風に、櫛の歯が抜けて行くように私の側から消えて行く。(「富田常雄/姿三四郎 地の巻」より)

 私たちの別離は、ごく自然に行われた。秋になって、木の葉がその枝から落ちるのと同じように。(「宇野千代/刺す」より)

 歯をあてられた林檎の白い果肉が、その噛み跡からたちまち変色するように、別れは三日前にこの船で二人が会ったときからはじまっていた。(「三島由紀夫/午後の曳航」より)

 ああ、もうおりんはいなくなってしまうのだと思うと村全体がかさかさに乾からびてしまうような気がした。(「尾崎士郎/人生劇場 青春篇」より)

 別れがあれば、新しい出会いがある。出会いには別れがついてくる。そのくり返しの中で、私たちは生きていきます。このコラムを続けていたおよそ2年の間にも、さまざまな出会いと別れがありました。これから先、みなさまに素晴らしい出会いがあることを祈りつつ、このコラムを終えたいと思います。

 ああ、素晴らしき哉、日本語。(了)