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【GAKURINSHA TOPICS】学習教育の行き先 言葉の使い方を考える―書き言葉

■話し言葉と書き言葉
 平成27 年に東京大学がホームページ上で発表した、教養学部の学生が課題として提出したレポート内容のおよそ7 割が、インターネット上に公開されている文章からの引き写しであったという報告は、大変な衝撃をもって伝えられ、世間の注目を集めました。これについては、学生のモラルの問題であることは当然ですが、すでに多方面から指摘されているように、インターネットの発達によって情報を集め加工し易くなった反面、難解な論理の文章を読み解き、自分の思考を自分の言葉でまとめるという機会が減ったことで、論理的な文章を書く能力が低下していることも遠因であるとされています。この論理的な文章を書く能力の低下について言えば、学生の書き言葉離れも深く影響していると考えられます。
 明治期の言文一致運動に始まる口語の誕生は、発話者が見たまま感じたままを文字によって容易に表現することを可能にしました。書き言葉(いわゆる文語)による作文が、書き方をきちんと学び、体得しなければならなかったことに比べると、話し言葉に近い表現を主とする口語の方が、誰でも手軽に文章を書けるために、当時の人々にすんなりと受け入れられたことは想像に難くありません。言文一致運動に始まった話し言葉とは多少性格が異なるものの、インターネットが身近になった現代、メールやブログ、SNS などに見られる文章のほとんどが話すように書かれたものであることも、決して偶然ではないでしょう。このようなことから、近代以降とは、話し言葉によって対象を書き表す文化が新たに誕生した時代と言っても過言ではありません。さらに現代は、 IT 産業の興隆に伴って、より一層多くの人が自由に何の制約もなく、随想を文章として発信することが可能となっています。
 このことは、一見すると文章を書いて公表するという行為が、現代人にとって身近なものになったように感じてしまいそうです。しかし、メールやブログなどに見られる文章の多くは、「話し言葉」によって話すように書かれた文章に過ぎず、論理的なプロセスを経て生みだされた文章とはかけ離れたものであると言わざるを得ません。それというのも、特にSNS などで公開される文章は、他者に発信するという行為自体に意味があるコミュニケーションのツールとしての側面が強く、誰かとつながっているという安心感や満足感をリアルタイムに得られることがSNS の良さとなるからです。したがって、ブログやSNS を通じたコミュニケーションの場面では、パソコンや携帯電話でつながった者同士が書いたその場かぎりの文章、つまり文字化された会話が氾濫することになります。そのため、中高生を中心に、現代人は話すように書かれた文章に触れる機会がとても多くなってしまうのです。

■話し言葉の弊害
 話すように書かれた文章に触れる機会が日常生活で増えたことは、子ども達にどのような影響を与えているのでしょうか。これについては、小中学生の書いた作文などに如実に表れています。「い抜き言葉」や「ら抜き言葉」に始まり、倒置や省略を頻繁に繰り返し、だらだらと続く冗長な文章、あるいは「なので」のような助詞の誤用など、小中学生の作文を添削して見つかる間違いは、会話に登場する文法上の誤りがそのまま文章となって書かれたものが多くなっています。また、「すごい面白い」の「すごい」や「わたし的には」の「〜的」のようなくだけた表現が、作文問題の解答に書かれることも少なくありません。このような表現を積み上げていくことで論理的な思考に到達することなどあり得ないことは、誰の目から見てもあきらかです。しかし、インターネット上にあふれる話し言葉は今後もさらに発展していくものと考えられ、より身近なものになっていくことでしょう。このような状況に対して、どのような対応が求められているのでしょうか。

■生きる力としての書き言葉
 文科省が主体となって行われた「全国学力・学習状況調査」における国語のB 問題では、与えられた情報を正確に読み取り、適切に伝える能力が試されていました。また、現行の学習指導要領においては、論理や思考などの知的活動やコミュニケーションの基礎となる、子ども達の思考力や判断力、さらに表現力などを育むことを目的とした、言語活動の取り組みが重点項目となっており、教育の場面では、論理的な思考力(ロジカルシンキング)を身に付けることが求められているとわかります。さらに言えば、このような能力が子ども達の生きる力へと結びつくことも学習指導要領はうたっています。では、肝心の論理的な思考力は、どのように養うことができるのでしょうか。
 それにはやはり、書き言葉の運用力をもう一度見直す必要があります。論理的に正しくわかりやすい文章は、書き言葉による思考を経て生まれるものです。頭の中での抽象化を整理し、正しい結論に導く思考方法は、倒置や省略が頻繁に行われ、あいまいな表現によって冗長になりがちな話し言葉では行うことができないことは、誰でもうなずけることと思います。
 整理されずに未処理のままの思考を、書くということで対象化し論理的にまとめていく能力は、情報の氾濫した現代社会のなかで自分に必要なものとそうでないものを適切に判断し選択するという、今を生きる力へとつながっていきます。過剰な情報社会を生きる子ども達のためにも、書き言葉の果たす役割をきちんと考え直す時期を迎えているのではないでしょうか。(文/学林舎編集部)