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学林舎NEWS 2017.1.19 成長する思考力GTシリーズ国語文法講座(2)


「日本語における助詞の位置(2)」

 「てにをは」がちゃんとかけない子どもたちに対して、もう一度きっちりと「助詞」が日本語の中でどんな位置を占めているのかを私たち大人自身が明らかにしておく必要があります。日本語の対話を成り立たせる言葉として、「助詞」がどんな役割を持っているかを理解し、理解する糸口として、「助詞」や「助動詞」が他のどんな品詞よりも歴史的に変化し、失われてきたかをまず確認してみます。確認するにあたって、古文はキーワードのひとつになります。
 万葉集、枕草子、源氏物語、徒然草の中から共通の単語を選び出し、これらの文学語としての片寄りをただした上で、得られた712語の単語が現代でそのままの意味で使われている率を調べたところ、もっとも数多く長く使われていくのは、動詞で、形容詞・名詞がそれにつぎ、副詞・感動詞は約半数が使われなくなり、助詞と助動詞については、助詞は約半数、助動詞はわずか18%の残存にすぎないと言われています(大野晋「日本語の起源」参照)。これはいったいなにを意味しているのでしょうか。
 たとえばよく知られている万葉集で、「田子の浦ゆ打ち出でて見れば 真白にぞ 富士の高根に 雪は降りける」という歌がありますが、「ゆ」と言う言葉は、現代では単純に「より」とか「から」に置き換えられてしまいます。ところがこの時代では、「田子の浦」の中に含まれている共通した思いや認識が「ゆ」を使うことによって強調されるのです。すなわち、作者の表出性(心の内の言葉が外に出る)が高まることを意味していいます。「日本語における助詞の位置(1)」でも述べたように助詞は含みをつくる言葉なのです。含みを生み出すのは、その時代における共通した文化や感性がなければ成り立たないのです。そうであるが故に共通性を獲得できなくなった言葉は、言葉自身が分化していくか、消え去っていく過程をたどるのです。子どもたちが、助詞の使い方が分からなくなっているのは、共通した「含み」そのものが拡散しているか、あるいはなくなっていく過程を進んでいるという、現在の日本の文化の有り様を物語っているのではないでしょうか。おそらくこれを押し進めていけば、助詞は日本文化を反映するものではなく、単に、「5W1H」のための記号としての役割のみを果たすことになるのではないのでしょうか。(文/学林舎編集部)


【関連データ】
成長する思考力GTシリーズ国語10級「文のしくみ」の構成
第1回〈 「の」「で」「を」などの文字のつかい方を学ぶ 〉―格助詞
第2回〈 「は」「ばかり」「こそ」などのつかいかたを学ぶ 〉―副助詞
第3回〈 「ば」「けれど」「ので」「ながら」などのつかい方を学ぶ 〉―接続助詞
第4回〈 どんなようすかをあらわすことばのつかい方 〉―形容詞
第5回〈 どんなようすかをあらわすことばのつかい方 〉―形容動詞
第6回〈 ようすやていどをあらわすことばのつかい方 〉―副詞
第7回〈 どんなものかをあらわすことばのつかい方 〉―連体詞
第8回〈 音やようすをあらわすことば 〉―副詞
第9回〈 ていねいなことばのつかい方 〉
第10回〈 カタカナをつかうことばを学ぶ 〉