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学林舎NEWS 2017.1.24 成長する思考力GTシリーズ国語文法講座(4)


助動詞の使い方(1)

 「助動詞」は日本語、英語においても表す言葉として大変重要なものです。それだけに、主観的判断と客観的事実とが交差して、全体の文の流れからしか判断のつかない要素を多く含むものです。
 今回は助動詞の使い方の入り口として「時制」における助動詞の使い方を考えてみたいと思います。言語表現は語彙としては同じであっても、主体的な立場から見ればそれぞれ異なっているという通常の認識がありますが、「時制」についてはとくに具体的な形で現れてきます。
 たとえば、「会議は何時から始まるのかね。」と問われて、「夕方、6時だ。」と答えたとします。「会議」自体は、未来の出来事である。だとすると、「夕方、6時だろう。」とも答えられるし、「たしか6時だった。」とも答えられるのです。このことからそれぞれの表現のしかたにどんな違いがあるかを考えてみます。
 はじめの「夕方、6時だ。」という答えには、頭の中で想像したその時点での自分があります。それは観念的な自己の立場の表現となります。次の「夕方、6時だろう。」という答えには、「会議」が未来であることから「会議」そのもののありかたを答えています。したがって客観的な表現となります。最後の「たしか6時だった。」という答えには逆にそれを聞いた時点での自分の記憶が表現されています。つまり、過去の事実なのです。このように未来に存在するであろう出来事についても、それをいろいろな側面から主体的立場でとりあげて表現されるのが言語です。
 「助動詞」を扱うにあたって、単に「過去」「現在」「未来」を使うときには、これこれの助動詞を使うというような分断した知識の習得のしかたではなく、「過去」「現在」「未来」の中で自分をどの位置に置くかで表現が異なることを学習すれば、文章読解力もまた、一層豊かになると思います。いちばん手近な例としては「夢」を用いれば理解しやすいのではないでしょうか。夢の中にいる自分と、夢から覚めた自分、回想する自分を表現してみれば、この言葉のもつ二重構造が自然と見えてきます。(つづく)(文/学林舎編集部)


成長する思考力GTシリーズ国語では6級で助動詞の使い方を学習します。

【成長する思考力GTシリーズ国語文法講座】

・成長する思考力GTシリーズ国語文法講座(1)

・成長する思考力GTシリーズ国語文法講座(2)

・成長する思考力GTシリーズ国語文法講座(3)