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教材出版 学林舎は学習教材の制作・販売、教育商材(理科実験工作教材・アメリカの教科書など)を取り扱っています。

学林舎NEWS 2017.1.24 成長する思考力GTシリーズ誕生から20年−教材の制作理由


  飽和状態にある学習教材の中で、成長する思考力GTシリーズは異彩を放っています。一問一問とりあげると、従来型の国語教材とは変わりあるものではありません。ちがいは、教材発行の考え方にあります。子どもたち、保護者、学習現場(学校・塾)、教材メーカーという枠をとびこした共通のそして共有できる〈必要性〉と〈必然性〉が成長する思考力GTシリーズに集約されています。教材メーカーの単独の考え方から成長する思考力GTシリーズが誕生したのではなく、いわば押し出されるように、学林舎は成長する思考力GTシリーズの制作を20年前に始めました。他教材と違うのは、この制作理由だと思っています。

○〈必要性〉とは
 子どもたち、保護者、学習現場(学校・塾)、そして教材制作者である私たちにとって、現在の学習をとりまく環境、学習内容は飽和しています。文部科学省が決めた学習指導要領にそって、学校が採択した教科書、教科書を補完した教材で50年以上学習してきました。多くの学習者がこの枠の中で、一律、平等で学習した結果、一部の学習者はその枠を超えて、グローバル化する社会に対応していますが、多くは対応できない状況の中、足踏みをしています。
 現在、社会はあらゆる壁を越えてグローバル化が進んでいる真只中にあります。情報は、得ようとするものにとっては、あふれるほどあり、得ようとしないものにとっては塵のように存在しています。塵の中に、磨こうとすれば、光り輝ける原石は多くあります。情報を必要性に基づいて収集し、分析することが、社会を生き抜く〈重要な諸力〉のひとつになっています。 
 情報の大半は、文書化、画像化されたものです。中でも文書化された情報の読解こそが、〈必要〉になってきます。学習においても、この文章読解の養成が、学習目的のひとつになります。一般的な言い方をすれば、「本が読める子どもになってほしい」「文章が書ける子どもになってほしい」に対応するものといえます。

○〈必然性〉とは
 多くの親たち、指導者たちは、「本が読める子どもになってほしい」といいますが、これは本質的にはどういうことなのでしょうか。
 子どもたちは、それぞれ、子どもなりに好きで「本」を読んでいます。マンガであったり少年少女文庫であったりします。また、「本」をほとんど読まない子どもたちもいます。「本が読める子どもになってほしい」と「好きで子どもたちが本を読んでいる、読んでいない」ことは、「本が読める子どもになってほしい」という必要性のレベルとは違うと私は思います。「本が読める子どもになってほしい」の先には文章読解、自分の言葉で要約、表現ができる力を身につけてほしいがあります。つまり、現在社会の流れからして〈必然〉ということなのです。
 「社会を主体的に生きる」ということを考えたとき、文章読解の〈必要性〉が〈必然性〉として重層的に表れてきます。

 このように、すべての〈教育〉や〈学習〉に関係するもので20年前、文章読解に特化した学習教材は、ほとんどありませんでした。(〈作文〉学習、添削はありましたが、これは文書読解とは異なると考えています。)現在は、数多くの文章読解を中核にした学習教材が出版されていますが、成長する思考力GTシリーズのように段階的に学習させる教材は少ないです。

 成長する思考力GTシリーズを含めて学林舎の教材が他社の学習教材と違うところは、〈必要性〉と〈必然性〉です。ニーズに対応する教材、商品の必要性は否定はしませんし、学林舎教材にも少なからず存在します。ただ、学林舎教材制作の理由、学林舎の存在意義を考えたとき、大切なのは「子どもたちにとって必要な学習は何か?」が根幹にあります。その上で、今は必要ないかもしれませんが、5年後、10年後、必ず必要になる学習、「知」を教材にして、子どもたちに届けたいと考えています。(文/学林舎 北岡)