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学林舎NEWS 2017.1.31 成長する思考力GTシリーズ国語文法講座(6)


書くことの意味(1)

 私たちは子どもたちに「読むこと・書くことの大切さ」をいう前に、「話すこと」と「書くこと」にどんなちがいがあるのかを明確にする必要があります。なぜなら、子どもたちの日常生活の範囲でいえば、生活のほとんどが「話すこと」でまかないきれ、わざわざ「書く」という行為をしなくとも、十分に生活できるからです。
 子どもたちにとって「書くこと」がどれほどの意味をもつかを子どもたちに納得させる、あるいは「書きたくなる」理由を私たち自身がもっていなくてはなりません。
 そのためには「言語の本質」をどうとらえるか、私たち(大人)自身が問い直す必要があります。しかし、私たちは言語学者ではありません。「言語」を解剖しながら、本質に至りつくことは言語学者の先生方にお願いして、私たちはただ、「表現としての言語の本質」「言葉として表現すること」について考えるべきではないでしょうか。なぜなら、表現のツールとして言語を使うことによって、豊かに成長する、表現豊かな生活になるということが課題のひとつだからです。「表現としての言語の本質」を導き出す手がかりとして、まず「音声としての言語」から「文字としての言語」に至る過程を明らかにする必要があります。
 「言語」に関しては、多くの哲学者、心理学者、言語学者がこれらの著者の数だけの学説を唱えています。しかし、私たちはそれらをひとつずつ検証していくことはできません。ただ、今回はこれらの中から一般的に大きく二分して考えられていることを手がかりにしていこうと思います。それは次の二つです。

 A:ひとつは、「言語活動は人間特有のものである」という考え方

 B:もうひとつは「人間以外の動物も不完全ながら言語をもっている」という考え方

 Aは、「人間のある本質的な能力と言語には深い関係がある」という考え方がもとになっています。
 Bの「人間以外も言語をもっているが、発達した言語をもつのは人間だけ」という考え方は、人間が人間に近似した動物から進化した存在になったとき、社会的交通の手段として言語も進化した様式をもつようになったという考え方になります。これは、言語の発達を社会的交通の進化に結びつけようとする実用主義的な考え方ともいえます。
 Aでは、「人間は考える葦(あし)である(ブレーズ・パスカル(Blaise Pascal、1623年6月19日 - 1662年8月19日)フランス哲学者)」ということと同様に、人間の意識の自発的な表出(表現)の過程として言語の成立を見ています。社会的交通の手段としての言語という見地とはまったく異なります。
 Bでは、道具としての言語という実用性だけが強調されます。
 私たちはここで、「社会的交通の発達が言語の発生を促す」ことと「なにかに促されて言語を人間が自発的に発する」ことの間には*千里の径庭(けいてい)があるということを発見する。(*大きな隔たり、格差があること)
 このことからも、私たちはその千里の径庭をうめるものが、人間の自発的な表出の存在であることに至りつくのです。
 言語は動物的な段階では、現実的な反射としての音声でありましたが、人類が他の動物とは異なった社会的生活手段をもつことによって人間的意識をもち、はじめて自分と他とを関係づける「言語としての音声」が発せられたといえます。
 このように考えると、言語は人間社会の発展とその意識水準とともに進化してきたともいえます。その意味において言語はその時代と社会の在り様と、その中での個別的な意識と対応しています。つまり、対象に対する指示性と自己からの表出性が交叉する地点で発せられる「言語」は、時代における時間と空間を相対的に保有することになります。
 このような言語の発展段階の中での「文字の誕生」の意味には非常に興味深いものがあります。「文字」の誕生によって、大きく言語表現の意味が広がるからです。(つづく)

【成長する思考力GTシリーズ国語文法講座】

・成長する思考力GTシリーズ国語文法講座(1)

・成長する思考力GTシリーズ国語文法講座(2)

・成長する思考力GTシリーズ国語文法講座(3)

・成長する思考力GTシリーズ国語文法講座(4)

・成長する思考力GTシリーズ国語文法講座(5)