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学林舎NEWS 2017.2.10 成長する思考力GTシリーズ国語文法講座(9)


書くことの意味(4)

 「書くこと」は、自分が何に向かって進もうとしているのかを発見する過程ではないでしょうか。この過程を私たち、大人が自分自身に戻して考えてみようと思います。その前に、作文指導の方法をもう一度思い出してみます。

1.作文のテーマを選ぶこと
2.文章のアウトラインを組み立てること
3.主語と述語の整った文を書くこと
4.もう一度読み直して、手直しすること


 私たちは、このような手順を子どもたちに教えてきたのではないでしょうか。私たち自身も学校教育の中で作文を書くときにはこのような手順で考えるよう教えられてきた記憶があります。従って、私たちが文章を書くときにはまず、何をテーマにするかを頭に描き、計画を立てて書くことに向かい合っています。もし、私たちが書くという行為を計画の立て方に限定してしまえば、「書く」という表現の本質に触れることなく技術的な修練への学習に陥る危険性があります。一時期、マニュアル人間という言葉が流行しました。企業の管理者がしきりに嘆いていたのを思い出します。

 「命令したことを守るのはいいですが、状況判断というものが全くないのです。座って話そうと言った、地べたにしゃがみ込みます。周りにある椅子を持ってきて座るということを思いもつかないのです。」

 冗談のような話ですが、会社の現場では状況が違っても同じようなことがおこっています。ところが彼らは報告書を書かせると非の打ち所のない文章を書くといいます。「てにをは」は間違わないし、起承転結、まことに整然としています。しかし、話を聞いた管理者の彼が付け加えたのは「ただし、のっぺらぼうですがね。」という一言でした。見事にまとまった文章ですが、そこからは書いた本人の姿が見えないのです。誰が書いたかわからない文章、すなわち誰もが書ける文章がそこにあるのです。
 そこで、もう一歩踏み込んで、私たちの書くという行為の中での経験を思い起こしてみます。

1.書いている途中で、つまって書けなくなった。
2.書いている中で、テーマと全く違った方向になってしまった。
3.頭が整理できないので、思いつくまま書いたものを見直せば、自分の書きたいものが何かが分かった。


 ここから書くという行為の本質を垣間見ることができます。つまり、実際に書く行為には、計画とは関係なく、書いて生まれたものを見ることによって新たな書く内容を産み出し、再生産していく構造があります。そこには、自分が表現したものが再び自分に戻り、自分が向かっている事柄を明らかにしていくという「書くこと」の本来的な意味が浮かび上がっています。書くことは、表現されたものに限定されながら、知的再生産を行い続ける過程であることに私たちは気づくのです。これは先に述べた計画を立てて書いていくという限定性とは全く違った意味です。計画を立てて書くということにおける限定性は、再生産そのものの範囲を前もって制約するものですが、書くことの本来的な意味からは、ちょうど現在が過去の歴史によって存在するがごとく、また未来が現在によって存在するがごとく、歴史と時代に制約された現在的表現に値します。従って、その制約性は書いている本人自身の現在でもあるのです。表現されたものを客観的に見る視点の存在、さらには表現力の源ともいうべき豊かな知的産物の保有とそれらを引き出す推察力がこの知的再生産の連続を可能としていくのではないでしょうか。
 こうして考えていくと「書くこと」によって客観的にものごとを見る視点を養いながら知的再生産を促す学習法と子どもたちが自発的に行い得る豊かな知的産物を保有する習得法が提示されることがもっとも必要となってきます。<文/学林舎編集部>


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