本文へスキップ

教材出版 学林舎は学習教材の制作・販売、教育商材(理科実験工作教材・アメリカの教科書など)を取り扱っています。

学林舎NEWS 2017.2.14 成長する思考力GTシリーズ国語文法講座(10)


書くことの意味(5)

 書くことによって、自分自身を客観的に分析し、自分の現在を知り、自分が何に向かって進もうとしているのかを常に見極めていく姿勢は、子どもたちに限らず私たち大人にとっても重要な意味をもっています。それは同時に社会に対して、また人間関係における自分の位置を明確にしていく哲学を確立する過程でもあります。これらの手がかりを子どもたちに与えていくことこそ教育の役割であるといっても過言ではありません。そのような学習としての「書くこと」を日本語教育の中で位置づけられるとしたら、具体的にはどんな学習方法が考えられるかが課題です。前回でも述べたように、教育課程には「書くこと」によって知的再生産を行う過程と、豊かな知的保有物を蓄積させていく過程とを並行的に持つことによってお互いの過程を刺激し、向上させていくのが最も理想的です。
 その前に「読むこと」と「書くこと」はまったく異質のものであることを認識しておく必要があります。多くの小説や文章を読むことが書くことに直接結びつかないのは、私たち大人がいちばんよく知っています。「書く」という行為は伝達意志と表現意志がなければ成り立ちません。その上、文章でそれらの内容をコミュニケーションとして成り立たせるためには普遍的な了解事項としての技術的なトレーニングを必要とします。

<読解力の育成を「書くこと」によって行うトレーニング>

 ここでは書かれた文章を自分の言葉でまとめることによって、書かれた文章を理解するという読解力の育成と文章の書き方を学ぶことを目的とします。
 読解力の育成で最も大事なのは一つひとつの語彙にとらわれず、文脈から筆者の立場や意見を読みとれる推察力を養うことです。語彙の意味をつないだ文章読解ではなく筆者が書きつないでいる息づかいのようなものを文脈から感じとれるようになれば、まず読むことが嫌いにならず、文章を理解できる素地が生まれます。
 受験勉強の多くは、時間内に解答しなければならないため、設問をまず読み、それに対応する語彙の理解、指示語の理解を学ぶが、そこから習得するものは解答するための手法と、寸断された「もの」としての文でしかありません。それをいくら積み重ねても筆者の息づかいは聞こえてきません。もちろん文脈を読みとる訓練にもなりません。読むこと自体もテストがなければ意味のないものとなってしまいます。このような学習方法をしてきた子どもたちは文章は単なる「もの」としてしか見られないため、読むことが自分にとって価値あるものとは思えないのです。筆者の息づかいを感じられない文章をいくら読んでも断片的な知識として残るか時間の無駄に終わるかです。文章を理解するとは書かれた文章と自分とのキャッチボールです。このキャッチボールを確かなものにするために「書く」という作業をするのです。
 成長する思考力GTシリーズ国語では、「書くこと」の入り口から自分の言葉で「要約・要旨」を書くというところまで、10級から1級まで階層性をもって編集されていますので、トレーニング学習として最適のものとなるはずです。さらに子どもたちに自分の学習への向かい方をリポートさせていきながら「自分を意識的に鍛える」部分を認識させていくのも指導の一つです。もっとも大事なのはこれと平行して「自由読書」を推進させる指導を行うことです。このことによって語彙や漢字はトレーニング学習では及ばないほど豊かな"知”となるのです。(つづく)<文/学林舎編集部>


【成長する思考力GTシリーズ国語文法講座】

・成長する思考力GTシリーズ国語文法講座(1)

・成長する思考力GTシリーズ国語文法講座(2)

・成長する思考力GTシリーズ国語文法講座(3)

・成長する思考力GTシリーズ国語文法講座(4)

・成長する思考力GTシリーズ国語文法講座(5)

・成長する思考力GTシリーズ国語文法講座(6)

・成長する思考力GTシリーズ国語文法講座(7)

・成長する思考力GTシリーズ国語文法講座(8)

・成長する思考力GTシリーズ国語文法講座(9)