○Cross Road 第95回 スポーツの経験 文/吉田 良治
若い時期に経験したスポーツが競技引退後の人生に大きく役に立つ、というのは万国共通です。日本では特に学生スポーツを経験した若者が、新卒の就職活動で有利とされてきました。所謂大学新卒採用の“体育会系プレミアム”です。根性がある!体力がある!忠誠心(絶対服従)がある!など、日本の企業では大学の体育会系を好んで採用するケースも珍しくありませんでした。しかし、近年企業もコンプライアンスが厳しくなり、体育会系=パワハラの温床といった問題、そして厳しい経済環境下、高い職能力を有した人材を求める中、スポーツ偏重&学業軽視=高いレベルの職域に適応できないという問題で、体育会系離れも始まっています。IT人材に新卒初年度でも年俸1,000万円を提示する時代、スポーツだけの経験は企業にとって魅力的ではなくなっていきます。
スポーツ庁では数年前からアメリカの大学スポーツをモデルに、日本の大学スポーツを改革する“日本版NCAA”の創設を目指してきました。そして今年3月に大学スポーツ協会・UNIVASが正式に設立されました。元々はアメリカの大学スポーツのように、スポーツビジネスで収益を上げよう、ということが始まりでしたが、これまでのスポーツ偏重をはじめとした学生スポーツの課題の改善、そしてスポーツ競技引退後のセカンドキャリアへの対応も含め、トータルで日本の大学スポーツを発展させることが、UNIVASに求められています。私はUNIVAS設立準備委員会に参加し、学業とスポーツの両立できる環境整備に協力してきました。正式にUNIVASが動き始め、様々な課題の改善に活用されることを願います。
私は以前アメリカのワシントン大学のアメリカンフットボールチームで、アシスタントコーチを経験しました。当時指導した学生は卒業して20年ほどになりますが、そのうちの一人から今年6月に、“来日するので会いたい” と連絡がありました。その卒業生は現在アメリカ合衆国トランプ大統領のシークレットサービスをしているそうで、彼の来日時お互いの時間の合った日に昼食をともにしました。とても重要な任務に就いている彼の話に耳を傾け、20年の間に大きく人間的成長を遂げていることを実感しました。
私をチームのアシスタントコーチに受け入れたワシントン大学の当時のヘッドコーチが、“以前私が指導した若者が卒業後、大統領のシークレットサービスになった。その卒業生にはスポーツで培った体力と精神力、さらに判断力はもちろん、教育で育んだ知性と理性、そして良識と高潔を兼ね備えた徳性は、人間的な信頼力となり、国を背負って立つ究極のリーダーに育っていった。我々指導者は単にアメリカンフットボールという競技指導だけをするのでなく、若者を社会に送り出す責任を担っている。それがこの国を発展させる礎となっていくのだ。”と話されていました。指導した若者たちがどのような分野に進もうとも、その世界で立派な働きをする、そして社会の模範となる存在になる、そんな人材育成を実現させること、アメリカでスポーツ指導者が“ネーションビルダー(国づくりをしている)”と呼ばれる所以です。今回来日した卒業生と接し、改めて当時のヘッドコーチの言葉をかみしめているところです。
アメリカの大学スポーツで実践される究極のリーダー育成で重要なキーワードは、やはりスポーツマンシップです。スポーツマンシップは健全なスポーツ活動を通じ、正の思考回路を開くことで育まれます。スポーツ競技を引退しても、スポーツマンシップはいかなる分野でも役立ちます。そしてスポーツマンシップを兼ね備えた人材が、社会全体を豊かにする原動力となります。(つづく)
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