2020.01.17

2020年 社会の行き先 阪神・淡路大震災から25年

 1995年1月17日、6434人が亡くなった阪神・淡路大震災から25年です。街並みは復興したかのように見えますが、様々な問題をかかえています。私個人で言えば家族を亡くした人や家を失った人に比べれば些細なことかもしれませんが、この日がくると「地震がなかったら」と思ってしまいます。当時、学林舎は新学期を目前に全ての教材を刷り終え、教材の全ては倉庫に保管されていました。しかし、地震により倉庫に保管していた教材が投げ出されたり、倉庫がつぶれてしまったりして教材は、販売できる状況ではなかったと聞きます。
 当時、会社の代表であった私の亡くなった両親は、失った教材を全て印刷して継続するか、会社を閉鎖するかの選択にせまられたと思います。しかし、両親は迷わず前者を選択しました。合理的に考えれば、多額の負債をかかえてまで、継続するということは、当時の資料をみると考えられませんでした。それでも継続したり理由は当時、学林舎が1995年発行した「負けへんで」に集められた多くのメッセージにあります。

負けへんで

 

 家族を失い、友達を失い、家を失った悲しみは25年たっても忘れることはありません。しかし、残された私たちは前に進むしかありません。両親は志半ばで亡くなりましたが、その想いは引き継いだ私が超えていくしかないと感じています。
 教育業界は、少子化の影響で学校も含めて大きな転換期であることは間違いありません。それでも、教育、学ぶことは、人が人として生きていく上で簡略化してはいけないものだと私は思います。利便性がますます高まる社会だからこそ、手を抜いては未来は切り拓けないものなのです。(文/学林舎 北岡)