自己主張と表現力の違い-求められる学力
「文脈やぶり」という言葉を耳にしたことがあるでしょうか。話し合いの途中で突然、今話されている内容とはかけ離れたことを話題にあげることです。これは大人の議論の場でもよく起こることですが、子どもたちの話し合いなどではひんぱんにおこりがちです。要するに今何が話題になって、この話題がどういう方向に進もうとしているのかをとらえられないか、あるいは興味をもとうとしないことによって起こす攪乱です。昔なら黙って拝聴するという子どもも結構いましたが、いまや話題を自分の思う方向に持って行くために自己主張する子どもたちが多くいます。「いやなものはいや、すきなことはすきとはっきり言いなさい。」それは、たくさんの商品の中から選択するという日常生活の中から生みだされた今日的な思考性ではないでしょうか。
時と場所、選択すべきことと考えるべきこと、この区別がされないまま、自己主張の大切さのみが強調されているのです。他人の話を聞き、自分の考えと照らし合わせ、新たな自分の考えを創り上げていくという、経験作業が行われないまま、自己主張が自我として形成されていきます。それは同時に、他者との共有性で成り立つ言葉が、自分中心の世界から発せられるに等しいとも言えるのではないでしょうか。
自己形成による自我の確立とは「自然・他者・モノ」との関係の中で、言葉を媒介にして「自分」を創りあげていくことでもあります。言葉は単なる伝達手段だけではありません。自分を映し出す鏡でもあります。「自分とは何か。」を問うとき、頭のてっぺんから「自分とは何か」という言葉が聞こえてくるでしょう。
「考える」とはまさにこの言葉をどれだけ自由に使いこなし、頭の中に新たな世界を構築することができるのかということにつきるのではないでしょうか。言葉を自由に使いこなすということは、同時に言葉を自分の手足として動かすことです。例えば、「悲しい」という言葉を考えて見ます。「お母さんにしかられて悲しい」「お母さんが亡くなって悲しい」「友だちとけんかして悲しい」など、「悲しい」という言葉のイメージは、人の数、経験の数だけあります。では、お母さんのいる子どもお母さんを亡くした子どもの悲しみを理解することはできないのでしょうか。その悲しみを伝えるのもまた言葉だと思います。
「学校から帰ったら、いつも玄関の奥から聞こえてくるあの母の『お帰りなさい』という声を二度と聞くことはありません。そして、夕食の支度をしている母の後ろ姿をもう決して見ることは出来ないのです。」
誰もが持つ母親のイメージを描くことによって、「悲しい」という言葉のイメージを共有する。そして、この共有は、自分の経験と他者を重ねることによってはじめて生まれるのです。同様に「お母さんにしかられて悲しい」「友だちとけんかして悲しい」などを考えると、そこにはいつも愛するものとの亀裂が浮かびあがってきます。
このように、一人ひとりが、言葉を一般化しては、再び自分にもどし、さらに一般化するという繰り返しをしながら、自分の中で言葉が生まれ変わっていくのではないでしょうか。それは、他者と自己との関係を浮かび上がらせることによって、自我が芽生え、関係の中で生きる自分を形成していくことに他なりません。このような言葉の獲得は、日常生活のなかで対話が成り立ってはじめて可能となるのではないでしょうか。対話とは言葉のキャッチボールです。相手の言葉を受け止め、自分の言葉で返す。お互い自分の言いたいことだけいうのを対話とは言いません。このキャッチボールができるものは言葉を使うときもまた、他者と共有する言葉を自然と選んで使っています。こうして、書くことの根源的な意味を無意識のうちに身につけていくのです。表現力とはまさにこの経験の中で形成されたものに他ならないのではないでしょうか。(文/学林舎 北岡)
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