○Cross Road 114回 掛け声のスポーツインテグリティ 文/吉田 良治
2018年に多発したスポーツ界の不祥事を受け、2年後の東京五輪・パラリンピックを控え海外に悪い印象を与えてはいけないという懸念もあり、超党派の国会議員によるスポーツ議連からの提言を受け、国はスポーツ界の健全化に向け“スポーツインテグリティの確保”にかじを切りました。しかし“スポーツインテグリティ”という耳障りの良い言葉を発するだけでは、スポーツの現場には中々その意図が浸透されることはなく、未だスポーツ界の様々な不祥事は改善されていません。
指導者の体罰・パワハラをはじめとしたスポーツ界の暴力問題に対し、昨年は世界最大の人権NGOヒューマン・ライツ・ウォッチから、日本のスポーツ界の暴力問題の調査報告書が公開されました。この調査のきっかけは2012年に発生した大阪・桜宮高校バスケットボール部の体罰自殺事件でした。当時は東京五輪・パラリンピック招致の最終段階にあり、日本のスポーツの暴力問題が招致活動でマイナスイメージを与えかねない、と火消しに躍起になりました。ちょうど3年前の“スポーツインテグリティ”の提言と似た状況でした。しかし、翌年に東京でオリンピック・パラリンピック開催が決まると、スポーツ界の暴力問題の改善の機運は、少しずつ薄れていきました。
また、近年日本のスポーツ関係者が特殊詐欺や持続化給付金詐欺など、反社に取り込まれるケースが増えており、国が掛け声として発した“スポーツインテグリティ”という言葉だけでは、スポーツの現場の健全化は成し遂げることは困難です。
そして今月は長年日本のスポーツ界に君臨してきた森喜朗東京五輪・パラリンピック組織委員会会長が、女性蔑視発言問題によりその地位を辞する事態に発展しました。女性蔑視をはじめとした人権を著しく損ねる言動は、オリンピック憲章に反する行為でもあり、東京五輪・パラリンピックを運営する組織のトップにあるまじき行為であったと、国内外から激しい非難を受けて、昨年新型コロナウイルスの感染拡大で延期となった東京でオリンピック開催まであと5か月となったこの時期に、その職を退くことになりました。
私は東京五輪・パラリンピックの開催が決まって以降、この国でオリンピック・パラリンピックを開催する意義・価値は何か、と事あるごとに発信・問いかけ続けてきました。招致段階では“コンパクトオリンピック”を謡い、総予算7,000億円規模で実施する予定が、膨れ上がった最終大会開催費は3兆円を超えました。その多くは国や都の税金を投じるもので、当時の安倍晋三首相が発した“2020年の東京オリンピック・パラリンピックでは、東日本大震災からの復興を見事に成し遂げた日本の姿を、世界の中心で活躍する日本の姿を、世界中の人々に向けて力強く発信していく。”という“復興オリンピック”のアドバルーンとはかけ離れたものとなっていきました。そしてコロナ禍の今、今度は“コロナに打ち勝った証としての東京五輪・パラリンピック”と、その場しのぎの新たな掛け声が飛び出てきました。
日本オリンピック委員会・JOCの山下泰裕会長は、東京オリンピックで日本選手団の金メダル獲得目標を30個と定めています。そのために投じた3兆円、金メダル1個の価値は1,000億円です。金メダルの数だけが世界に示すことのできる日本のオリンピックの価値なら、スポーツ偏重により引き起こされてきた、日本のスポーツ界に根深く蔓延る不祥事の改善、スポーツ界の健全化を目指す“スポーツインテグリティ”は絵に描いた餅になってします。(つづく)
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