○Cross Road 118回 スポーツに期待すること 文/吉田 良治
昨年から新型コロナウイルス・新型肺炎の感染が拡大し、世界的に社会生活で制限のある生活が続いています。ワクチン接種が進んでいる国では、少しずつコロナ前の状態に戻るケースも出始めていますが、日本ではまだ医療従事者や高齢者の優先接種が完了できていません。職域接種がはじまり現役世代へのワクチン接種が広がっていくと、少しずつウイルス感染も抑えることもできますので、自分にその順番が回ってくるまで今しばらく感染予防に努めて生活する必要があります。
新型コロナウイルス・新型肺炎により1年延期となった東京五輪・パラリンピックの開催問題も、何とか今年開催できるよういろいろと感染予防対策をしています。ただ、一般の社会生活よりも飛沫や接触感染のリスクの高いスポーツ活動を実施するなら、ウイルス感染する覚悟を持って、感染者がでたらどう対処するのか、というスポーツ版医療プロトコルを策定し、それに沿った運営体制を構築する必要があります。
菅首相が6月9日の党首討論会で、自身が高校生時代の57年前にあった東京オリンピックの思い出話をして、オリンピック開催の意義を伝えました。日本ではスポーツが見ている人に勇気や感動を与える!ということを価値とする傾向があります。菅首相の思い出話も若かりし頃の感動した思い出をスポーツの価値、そしてオリンピック開催の意義としたいということなのでしょう。
しかし、スポーツが持つ価値はフィールドの中だけで計られるものではありません。一人のアスリートの前に一社会人としてどうあるべきか、その姿をしっかり国民が理解して初めてスポーツの価値を高めていくことができるのです。日本ではスポーツ以外何もできない、というスポーツ偏重が著しく、様々な弊害をもたらしています。日本国民がこのコロナ禍でオリンピックを望まない、という声が高まるのも、なぜスポーツだけ特別なのか、という不公平感があります。また感染リスクの高いスポーツ、それも海外から多くの参加者が集まり、新たな変異株が持ち込まれるのではないか、という不安もあります。こうした国民の声にしっかり向き合って、なぜオリンピックが必要なのか、という明確な説明責任が重要になりますが、単なる思い出話やスポーツの感動という表面上の出来事では、コロナ禍のオリンピック開催の説明にはなっていません。
日本よりも大きな感染爆発が続いたアメリカでは、NBA、MLB、NFL、NHL、そして大学フットボールなどメジャースポーツがコロナ禍で開催されました。フロリダのディズニーランドに関係者を完全隔離・バブル方式で実施した昨年のNBAでは、一人も感染者を出すことなくシーズンを終えましたが、それ以外のスポーツはクラスター感染が頻繁に発生しました。飛沫や濃厚接触が避けられないNFLでは、32チーム中最後まで一人も感染者をさなかったのはシアトル・シーホークスだけでした。それでもアメリカのスポーツ界は国民から大きな批判を受けることなく、公式戦が実施できたのは、日ごろからアスリートの前に一人の社会の一員として、どうあるべきか!という視点で生きている姿を国民が知っているからです。“安心・安全”と言う耳障りのいい念仏を唱え、感動といった表面上の現象だけでなく、スポーツが果たすべき真の役割を明確にし、そしてそれを実行できているなら、国民は喜んでスポーツの後押しをするでしょう。(つづく)
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