「学ぶ力」から生まれる「使える力」
徒弟制といえば古びた言葉のように聞こえますが、ケーキ職人、すし職人、大学の一部の研究室などでは、言葉だけでは伝授できない知識や技を伝えるしくみとして今も生き続けています。弟子は、親方の技とその人生を共に生活しながら学び、親方を通して世界を見ていきます。親方の先にあるものを目標としながら、自らの人生を築いていくという構造の在り方そのものこそが「学び」の原点ではないでしょうか。
親方は講義をして知識や技術を伝授するわけではありません。毎日の生活の中でみようみまねで、弟子は親方の技を身につけていきます。そして、その技をもとに自分なりの世界を築き、自分の技として仕事ができるようになるのです。そのときはじめて、自分の仕事に自信と責任がもてる一人前の大人になります。
私はこの過程で、いちばん大切なものは誰のための仕事であるかということを学び取れるかどうかだと思っています。現代風に言えば、会社のためでも、家族のためでも、先生のためでもましてや自分のためでもありません。自分の作ったものを使ってくれる他者のための仕事であることに気づくことなのです。自分の作ったものを通して見も知らぬ人との出会いを想像します。楽しいだろうか、顔をしかめるだろうか、と様々なことを想像しながら工夫し、技を磨き、自分なりのものを創り上げていきます。
今、大人は自分の仕事が誰のための仕事であるかを真剣に問うことを迫られています。
「知識・技術」の伝達のほとんどが学校で行われるようになってから、師弟は教師と生徒という関係に変わりました。しかし、子どもたちは教師の人生を見ることはありません。子どもたちは教師の夢を知ることはありません。教師がそれらの「知識・技術」を何に使っているかを知ることはできません。子どもたちにとって「知識・技術」は「生きた生活」からかけ離れたモノでしかなくなったのです。あるときはこのモノをいかにたくさん身につけているかで、大人たちは子どもの未来を選別しようとしました。あるときはこのモノは役に立たないといって、田んぼや工場で働かせて見ました。すると子どもたちがみんなばかになったといって、もう一度このモノをいっぱい詰め込むことにしました。とうとうわけがわからなくなった大人たちは、わけのわからない大人たちの助言を得てつぎはぎだらけのお手本を作り、教師と生徒がいっしょにそれを合唱するようにしたのです。
私たちは、子どもたちが「知識・技術」を身につけ、使えるようになるためにはどうすればよいかという答えをもうすでに得ています。文部科学省やいわゆる見識ある人たちは使えることとできることの区別もつかず、その上「わかるからできる」だから「わかればできる」と思い込んでいます。現場を経験されている先生はすでに「わかる」と「できる」は違うことをよくご存知です。計算が誰よりも速く、よくできる子どもが計算式の意味がわかっているとはかぎりません。ものごとをとてもよく理解し、本を読むのが大好きな子どもが、計算や漢字のテストがよいとは限りません。私たちが子どもの頃、大人たちが使っている難しい言葉を意味もわからず使った経験はありませんか。何年かたって、はじめて「ああ、こういうことだったんだ」とわかることがあります。わかるとは自分の経験と結びつくことでもあるのです。もちろん、頭の中で構築されて推察できる理解のほうが科学の世界では多くありますが。また使えるとは、「できる・わかる」を土台にした「構想する」という力を必要とします。これは親方が弟子の<学ぶ力>を引き出すことによって、親方を通して見える様々な世界とのふれあいからできるものです。現代的に言い換えれば、自分の尊敬する人、あるいは読書を通して、見えない世界を想像することがある意味構想力をつくる源ともいえます。
こうして考えれば、「できる・わかる・使える」は「知識・技術」の量ではなく、子どもたちがいかに「見えないものを学ぶ力」をつけることができるかで決まってきます。
学林舎は30年以上をかけて、教材を通して、そして教師、子どもたちを通して「学ぶとは何か?」をともに考えてきました。コロナ化により、世界はより混沌としています。誰もが先の見えない不安に心をいためています。だからこそ「学ぶ力」を積み重ね、「使える力」に変えていかなければいけません。大人たちの背中を子どもたちはいつも見ています。(文/学林舎 北岡)
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